*東日本大震災における地盤・建物の強震観測状況(2012大会PD発表) [#g5d90f3e]

**1. はじめに [#u0470ffd]

 日本の強震観測は、国産の強震計開発から現在まで半世紀以上の歴史がある1)。当初から地盤及び建物の観測が行われ、1980年代までに国内で2000台程度が設置されていたとされる。これらの記録は耐震設計の確立に大きな役割を果たし、また超高層、大空間、原子力施設、免震・制震など各時代の先進的な構造技術の進展に寄与した。その後、1995年兵庫県南部地震で建物の倒壊により多数の犠牲を出し、その原因となった震度7の揺れや「震災の帯」による被害分布の状況を適切に把握できなかったことを受けて、地盤の強震観測体制は一気に進展した。気象庁、消防庁自治体計測震度計、防災科研K-NETなどの数千箇所の観測点が全国を均等に覆い、オンライン化により地震発生後直ちに震度分布が報道されるまでになった。また構造物、ライフライン、都市などの防災目的の観測も、公的機関を中心に積極的に行われている。観測・データ利用の技術面でも進展が著しい。

 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震は、こうした地震観測体制がはじめて捉えた広域の巨大地震災害といえる。最近10年でみても、2003年十勝沖地震による長周期地震動や、2004年新潟県中越地震、2007年能登半島地震、2007年新潟県中越沖地震、2008年岩手・宮城内陸地震などの局地的な強震動など、多くの観測例があった。しかし今回の地震では、これらに比べてはるかに広域で、様々な条件における記録が多機関で得られたはずである。地盤の面的な観測記録は建物や都市への入力を明らかにし、応答観測記録は建物の挙動や耐震性能を知る情報となる。これらの観測情報の収集・整理・分析は大変な作業ではあるが、今後の防災・減災にむけてきわめて重要といえる。

 本稿では、東北地方太平洋沖地震における観測状況や観測記録についてまとめ、それらの特徴と現在の強震観測状況について考察する。

**2. 地盤の強震観測と記録 [#ce98ddf0]
 地盤の強震観測について、多数の地点を含む観測体制を中心に述べる。気象庁では直轄の約600地点を含む全国の震度分布を直ちに公開している2)。図1に東北地方太平洋沖地震の本震の震度分布を示す。最大震度7(宮城県栗原市築館)、宮城・福島・茨城・栃木の30地点以上で震度6強、東北から関東に到る広い範囲で震度6弱、さらに北海道から九州まで全国で震度1以上の有感となっていることがわかる。また、最大震度6強(2回)などを含む震度5以上の余震が50回以上、三陸沖の前震(3月9日11:45、最大震度5弱)、さらに震源域から離れた誘発地震として長野県北部の地震(3月12日3:59、最大震度6強)、静岡県東部の地震(3月15日22:31、最大震度6強)も記録されている。気象庁の震度計は加速度記録も収録しており、デジタルデータとして定期的に公開されている。

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>>図1 本震の震度分布(気象庁2))

 防災科学技術研究所の強震観測ネットワーク(K-NET)は1000箇所強の観測点があり、全国を20km程度の間隔で均等に覆っている。また基盤強震観測網(KiK-net)は約700箇所について、地表と地中の観測点がある。いずれも強震計であり、観測結果はウェブで公開される3)。本震時には防災科研データセンタのある茨城県つくば市も強い揺れを受け、その後の停電等によりデータ回収・公開が遅れた。最近ではリアルタイム化が進んでいる(本資料の青井氏の話題提供を参照)。

 図2に東北地方太平洋沖地震の最大加速度分布、図3に最大の記録であるK-NET築館(MYG004、3成分合成の最大加速度2933gal、震度6.7)と、仙台(MYG013、最大加速度1808gal、震度6.3)の加速度波形と速度応答スペクトルを示す。波形は、50秒程度の間隔で2つの位相が明確な点など類似性が見られるが、スペクトル特性は異なり、築館では0.2〜0.3秒程度の短周期が、仙台では1秒弱の周期が卓越している。築館観測点の周辺調査では木造住宅等の被害はほとんど見られないことが報告されており4)、その理由として短周期が卓越する地震動特性と、観測点が丘の上にある影響などが挙げられる。一方仙台は、東部の沖積平野上の観測点であり、同様の地盤条件では中層RC集合住宅の被害も見られている。

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>>図2 本震のK-NET、KiK-netの最大加速度分布3))

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>>図3 K-NET築館(MYG004)と仙台(MYG013)の加速度波形と擬似速度応答スペクトル)

 全国の自治体では、消防庁の補助金により震度情報ネットワークを構築している。これは原則として各市町村1台の計測震度計を設置し、地震時には各県で震度情報を直ちに集約して防災対策に活かすことが目的である。全国では約2800地点あり、これらの震度計で収録された加速度記録の一部は、大都市圏強震動総合観測ネットワークにより収集・公開されている5)、6)。

 以上の公的機関による観測体制で合計5000箇所を超え、全国を高密度で覆う地盤強震観測網となっている。また自治体の震度計を除き、デジタルデータも比較的容易に入手可能となっている。このほかに大規模自治体やライフライン企業の防災用観測システム(たとえば横浜市7)、東京ガス8)など)もあり、首都圏などで多数のデータが得られたと推測される。また国土交通省、港湾空港技術研究所、その他の研究所・大学などでも観測が行われている。今回の地震では、仙台地域を中心とした東北工業大学の観測網が10数地点で記録を得ている9)。このほか建築学会の調査速報9)には、観測記録の全体概要や分析に加えて、東北支部と関東支部がそれぞれ集約した強震記録の分析が含まれている。また国内の地盤強震観測体制に関する現状は文献10)に詳しい。

**3. 建物の強震観測と記録 [#l89e86a6]

***3.1 建物観測の状況 [#tae69e22]

 建物については、地盤観測網のような全国統一的な観測体制はいまだ整備されていない。建築研究所などの独立行政法人が比較的広域の一貫した建物観測体制をもっており、記録の公開性も高い11)。一方、建設関連やライフライン関係などの民間では、それぞれの目的で観測を行っているが、建物所有者や観測目的などにより結果が公開されないことが多く、全貌は明らかではない。そのような中で東北地方太平洋沖地震の発生により、広域で多数の建物の強震観測記録が得られ、また建物の挙動や被害への関心の高さから、何らかの形で公表に結びつく例が多くなっている(たとえば2011年度の建築学会大会には、地震発生から梗概原稿締切まで1ヶ月足らずながら、多数の報告がなされている)。また、学協会や研究グループ等が特定の目的の下に統一的に観測状況の把握や観測記録の収集を行う例もある。

 建築研究所の強震観測11)は全国主要都市の79建物で実施されており、うち60建物で本震記録が得られ、35建物は1階または地盤で震度5以上となっている。庁舎、学校等の公共建築が大部分を占め、超高層9棟、免震4棟も含まれている。また地表センサを持つ観測点が12あり、入力地震動や相互作用を検討する際に有用である。これらの観測建物のうち、強震動により顕著な損傷を受けた東北大学の建物を例として次に挙げる。

***3.2 一般の被害建物の強震記録 [#x7346221]

 東北大学工学部人間・環境系研究棟11),12)は1969年竣工のSRC造9階建で、1階と9階で強震観測がなされており、1978年宮城県沖地震の際に9階で1000cm/s2を超える記録が得られたことで有名である13)。2001年に耐震改修がなされた後、2005年宮城県沖地震、2008年岩手・宮城内陸地震を受けている。今回の地震では、本震により東西妻面にある連層耐震壁の3階部分(1・2階は低層部がある)の4隅の外柱が全て大破した。観測記録は1階で300cm/s2強(計測震度5.6)、9階で900 cm/s2強、変位で30cm以上、平均層間変形角で1/100程度まで達したことを示している。また上部構造の固有振動数は、本震前の微動と比べて本震中で張間1.61→0.78Hz(48%)、桁行1.61→0.88Hz(55%)に低下し、剛性変化に直すと各々23%、30%まで低下、本震後の微動では小振幅のため多少戻るものの、剛性で53%、72%まで低下した。図4に平均層間変位と固有周期の変化を示す。竣工から1978年宮城県沖地震、耐震改修、そして今回の本震以降まで、固有周期は振幅依存性を示しながら変化していることがわかる。

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>>図4 東北大学建物の平均層間変形と固有周期の変化12))

 1階のスペクトルは地盤特性を示すと思われる1Hz弱のピークを持っており、地震応答で周期が伸びるにしたがって共振することで進行性破壊を生じたと考えられる。東北大学青葉山キャンパスでは、他にも同時期に建設された9階建建物3棟が甚大な損傷を受けたことからも、地盤との共振の可能性が示唆される。

 なお、東北地方太平洋沖地震では地震規模に比して一般建築物の振動被害は多くはなく、顕著な損傷を受けた建物の観測記録は少ない。観測対象建物の多い関東では震度5強〜6強となったため、多数の観測記録が得られている。しかし、観測対象は超高層や免震などが多いため、顕著な構造損傷を生じた観測例はほとんどない。東京工大グループは神奈川県の地盤・建物の記録の収集を行い、レポートを公開している14)。建物には免震や制震も含まれており、記録は学会調査速報9)にも使用されている。

***3.3 超高層建物の強震記録 [#i542c9b3]

 日本建築学会構造委員会では、2007年度から2010年度まで内閣府から「長周期地震動対策に関する検討業務」を受託し、長周期地震動に対する超高層建物等の対応を検討した15), 16)。この4年間のまとめの報告会を開催した一週間後に東北地方太平洋沖地震が発生したことを受けて、2011年度には、超高層建物の地震観測記録の収集をはじめ、建物被害状況、地震後対応、体験者へのアンケートなどの調査が行われた17)。このうち、地震観測記録については、建物を特定しない表示が工夫され、以下のような結果が示されている。

 まず入力に関しては、仙台では告示波と同レベルの入力で5分以上(図2)、東京では告示波の半分程度で10分以上揺れたが、超高層建物に補修を必要とするような構造被害は起きなかったとされている。超高層建物の応答については、図5にまとめて示した17)。宮城県では最下層で200〜300cm/s2、最上階でS造は300〜450cm/s2、RC造は450〜600cm/s2、首都圏では最下層で50〜150cm/s2、最上階で100〜400cm/s2、関西の最上階で20〜120cm/s2程度の範囲にあり、地域ごとに見れば建物による増幅傾向の差は大きくない(図5(a)〜(e))。頂部最大揺れ幅はRC造集合住宅で片振幅50cm、変形角で1/200、S造事務所で片振幅90cm、変形角で1/250程度である(図5(f)〜(g))。特に東京湾岸では、周辺に比べて2倍程度大きい揺れとなっていることもわかる(図5(h))。

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>>図5 東北・関東・関西の超高層建物における東北地方太平洋沖地震の応答概要17))

 図5(g)で137cmの応答を示した55階建は、大阪府咲洲庁舎18)であり、建築研究所の強震計が設置されて間もない状態で観測記録が得られた。図6に1階と52階の変位波形、1階の擬似速度応答スペクトルおよび52階と1階のフーリエ振幅スペクトル比をまとめて示す11)。1階では振幅30cm/s2、8cm程度の揺れが、最上階では120cm/s2、130cm以上まで増幅し、大振幅部分だけでも数分にわたって継続している。1階の応答スペクトルは告示波よりはるかに低いが、7秒前後に明確なピークがある。一方、52階と1階のフーリエ振幅スペクトル比から上部の固有周期は水平2方向ともに7秒前後であり、地盤入力と上部構造が共振していることがわかる。

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>>図6 大阪府咲洲庁舎の応答概要11))

 この建物では構造躯体には顕著な損傷はなかったものの、内装材や防火戸などに360箇所もの被害を生じ、直後の継続使用や今後の耐震補強をめぐって議論が行われている。震源から700km以上遠方で、地震動、地盤条件や建物特性の偶然の一致によりこれほど大きな応答を生じたことは、将来の耐震設計にあたってきわめて重要であり、客観的な強震観測記録があったからこそ対応につながったといえる。同様に、揺れと居住者の感覚の関係も重要であり、高層集合住宅の観測記録と居住者アンケートに基づく検討もなされている19)。

 なお、長周期地震動による長周期構造物の応答問題に関しては、これらの活動に先立ち、2003年十勝沖地震の被害などを受けて、日本建築学会・東海地震等巨大災害への対応特別調査委員会により多面的に進められており、2005年・2006年の大会研究協議会で報告されている20), 21)。

***3.4 免震・制振建物の強震記録 [#r4cdb318]

 日本免震構造協会では、東日本大震災における免震・制振建物の状況と課題について調査・検討している22)。強震観測記録の収集も行われ、免震建物20棟、制振建物18棟などについて、観測記録の波形、スペクトル解析、固有モード解析などを統一的に行い、詳細な資料としてまとめている。けがきによる免震層の相対変位記録が得られた免震建物もある。結果として、広い範囲の免震建物で、免震層に5〜40cmの変形が発生したこと、長周期地震動であっても免震効果は発揮されたこと、継続時間の長い本震と多数回の余震により繰返し振動を受けて免震装置に変状が発生した例があること、免震エキスパンションジョイントの不作動とそれに伴う損傷の例があったこと、などがまとめられている。

 免震・制振建物の最大加速度増幅に関しては、上述の建築学会長周期建物地震対応小委員会17)にも記載があり、図7に示す。これより免震建物は、おおむね十分な加速度低減効果を示していることなどが確認できる。

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>>図7 関東地方の免震・制震建物の応答概要17))

**4.「建物強震観測台帳」と「強震観測の手引き」 [#d07f6796]

***4.1 強震観測台帳 [#i80c0142]

 振動運営委員会資料23)に示されているように、強震観測小委員会が開催した第1回シンポジウム「強震データベースの現状と共同利用の試み」24)は1995年兵庫県南部地震直後に予定されていた。4月まで延期して開催されたが、これ以降の強震観測は観測体制からデータ利活用まで全てが新たな時代に入ることになる。先に述べたように地盤の強震観測の飛躍的発展に比べて建物観測は十分とは言いがたいため、強震観測小委員会は建物強震観測の充実に力を入れて活動を行っている25)〜30)。

 そのような背景から、小委員会では以前より建物の強震観測に関する現状調査を行ってきた。小委員会委員は、特に建物の強震観測に関連する主要な機関および各地域から選ばれており、全体像を把握するために適切な体制といえる。しかし公開されていない観測資料も多いため、学会大会梗概集を用いて論文観測状況や観測結果について調査を行った31)。結果として2002〜2008年の間に大会発表された建物強震観測の例は119棟とされている。

 今回はこの結果をベースに、2009〜2011年の大会梗概等に基づく調査を実施した。強震観測建物の現況に関する台帳の意味を重視し、建物ごとの集計に絞っている。調査項目は建物と強震観測の概要である。前回までの調査とほぼ同様であるが、東北地方太平洋沖地震の本震記録の有無についても項目に含めた。また、大会梗概に限らず、その他の公開資料で確認できる建物は追加することとした。結果として、前節で述べた調査資料11), 14), 17), 22)などに含まれる建物の大多数を網羅している。さらに、小委員会・WGの委員により、それぞれが担当している強震観測建物の記載の確認と修正を行った。最後に重複を精査し、可能な限り建物単位で整理した(同様な建物を敷地単位でまとめて扱ったものがある)。前回調査では除かれた歴史的建物や電力施設等の例も、網羅するには至らないが一部に含まれている。結果として、前回の119棟も含めて395棟となり、3倍以上に増加した。

 国内の強震観測建物の総数に関しては、前回調査時にそれまでの調査結果も合わせて全国でおおよそ300棟と見積もられていた。算入していない多数の建物の存在や、前回調査以降の増加などを含めて、現状で国内の強震観測は少なくとも500棟以上で行われていると考えられる。

***4.2 強震観測建物の現状 [#nd205415]

 現在の台帳にある395棟について分析を行った結果を図8に示す。なお、整理方法は極力以前の分析31)と同様とし、比較できるようにしている。

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>>図8 新たにデータを追加した「強震観測台帳」に基づく傾向分析(395棟))

 図8(a)に観測建物の地域分布を示す。関東が半数以上を占め、その半数が東京である。続いて東北・北海道と東海がいずれも15%程度、以下近畿、中国・四国・九州、北陸の順となっている。関東が特に多いことは前回同様であるが、次に東北・北海道と東海が多いことは、近年の被害地震や将来の南海トラフ巨大地震の影響を強く受けていると考えられる。東北では宮城、東海では愛知の割合が高い。一方、大阪を含む近畿の事例は、都市規模に対してあまり多くない。

 図8(b)に階数分布を示す。5階以下が42%(前回35%)、6〜10階が32%(前回30%)であり、あわせて3/4を占めている。11〜20階が13%、21〜30階が5%強、31階以上が5%弱となり、前回に比べて低層ほど割合が大きいという結果になった。「その他」にはドーム、タワーなど階数を扱うことが適切でない建物が含まれる。低層建物の観測例で用途を見てみると、学校施設、公共施設、ライフライン施設、住宅などが含まれている。以上から、最近ではより多様な用途の建物で観測が行われ、公表されていることがわかる。

 図8(c)に構造種別の割合を示す。RC造、SRC造、S造が多くなっている。なお「混合」は、異なる構造の部分がある場合だけでなく、柱SRC梁Sなどが含まれる。この分布は前回と大きくは違わない。

 図8(d)に免震・制震等の割合を示す。1/3が免震・制震等の建物で、前回の47%に比べて割合が減少している(もちろん絶対数では大幅に増えている)。これは、以前は新技術の確認として免震・制震の観測例の報告が多かったのに対して、最近ではより多様な施設で観測が行われ、また東日本大震災の観測結果の公表が増えたことも関係していると思われる。

 図8(e)に東北地方太平洋沖地震の記録の有無について示す。半数以上の建物で記録があることが確認されている。(a)から関東と東北・北海道で全建物の65%あることから、(e)で未確認の建物でも記録がある可能性がある。また同様に考えれば、東北地方太平洋沖地震の記録が少ない近畿以西についても、観測建物が存在している可能性があり、観測記録が得られるような地震があれば公開事例も増えると思われる。

***4.3 強震観測体制の動向 [#o0d07d93]

 各建物の観測点数やセンサ種類などの観測体制について、近年の方向性や技術開発状況を検討することは重要である。建物強震観測台帳からこれらを読み取ってみる。ただし、大会梗概では記載が限定されるため、十分な定量評価は難しく、概略の傾向をまとめたものである。
 まず建物あたりの観測点数について、中低層建物では多くの場合、建物1階(あるいは地階など)と最上階(あるいは屋上)の2点が多い。小委員会では低層建物の観測方針として、相互作用の影響も考慮して、短辺方向のロッキング及び周辺地盤地表を含む計測を提案しているが、実際には満たされていないことが多い。より高層の建物の場合は、高さ方向のモード形を考えて中間の階に増設することが多い。あるいは平面計画上に特徴がある場合は、各階に2個以上ずつ設置する可能性もある。
 センサそのものは、多くが扱いの容易なサーボ加速度計(あるいはそれを用いた強震計)であるが、地盤の入力地震動に関心が高い場合は速度計が使用されることもある。一方で、MEMSなどの簡易なセンサも使用され、普及に貢献している。ネットワークの発展を背景にリアルタイム連続計測も可能になってきている。

***4.4 強震観測の手引き [#nda01111]
 建物強震観測の普及とデータ利活用を図るに当たり、基礎的な項目を網羅し、豊富な実例を通して学ぶことのできる資料の必要性が高まってきた。特に一般の建築技術者や研究者、学生、そして建物の所有者・使用者などを対象とし、強震観測のメリットを伝え、観測実施に当たってハードルを低くすることが大切である。このように主に建物観測を対象とし、一般向けとして「強震観測の手引き」の作成を進めている。このため、新しい観測例や記録のデータベース、知識と技術などが平易に記され、随時更新されることが望ましく、また多数の作成者の相互調整や、ウェブ経由の利用の便も考慮して、Wikiを使用した共同執筆を行っている。現状で各章の見出しは以下のようになっており、年度内を目処に作成作業を進めている。

+はじめに
+強震観測の基本
+強震観測の効果
+強震観測の実際
+強震記録の分析
+強震観測の実例
+強震観測の最近の話題
+用語集、Q&A

**5.まとめと今後 [#p063781d]

 地盤・建物に関する強震観測の事例を整理し、同時に東北地方太平洋沖地震の強震記録の状況などをまとめた。強震観測の今後の課題について、今回の地震の直前の小委員会作成資料23)を参照すると、1)入力地震動と相互作用、2)長周期地震動に対する長周期構造物の応答、3)被災建物の健全性(損傷)評価、4)観測機器の開発、そして5)効果的なデータ蓄積と利用普及を図るための方策、を挙げており、そのためには高性能な機器による基幹観測と、廉価な観測システムによる大量普及、そして利用を誘導する方策が必要としている。この状況は現在も変わっていない。特に本PDで議論されるように、被災建物の健全性評価や災害対応への活用も視野に入れ、あるいは教育などの日常生活と連携するなど32)、観測と利用を一本化して普及を図っていく必要があろう。

***謝辞 [#w6c17393]

 本稿をまとめるにあたり、日本免震構造協会、建築研究所、日本建築学会構造委員会・長周期建物地震対応小委員会(北村春幸主査)ほかから資料の提供をいただいた。記して謝意を表する。また本稿で紹介した「建物強震観測台帳」と「強震観測の手引き」は、振動運営委員会強震観測小委員会および同・強震観測の手引き作成WGの活動によるものである。

***参考文献 [#ncd514aa]

1)	防災科学技術研究所:記念シンポジウム「日本の強震観測50年」―歴史と展望―講演集、防災科学技術研究所資料、第264号、2005.3.

2)	気象庁:平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震、www.seisvol.kishou.go.jp/eq/2011_03_11_tohoku/index.html(2012.7.10アクセス)

3)	防災科学技術研究所:強震観測網(K-NET、KiK-net)、http://www.kyoshin.bosai.go.jp/kyoshin/(2012.7.10アクセス)

4)	境有紀:2011年東北地方太平洋沖地震で発生した地震動と被害調査速報、www.kz.tsukuba.ac.jp/~sakai/113.htm
(2012.7.10アクセス)

5)	東京大学地震研究所:首都圏強震動総合ネットワーク(SK-NET)、www.sknet.eri.u-tokyo.ac.jp/(2012.7.10アクセス)

6)	飛田潤, 福和伸夫, 中野優, 山岡耕春:オンライン強震波形データ収集システムの構築と既存強震計・震度計のネットワーク化,日本建築学会技術報告集, 第13号, pp.49-52, 2001.7

7)	横浜市:高密度強震計ネットワーク、	 www.city.yokohama.jp/me/anzen/kikikanri/eq/(2012.7.10アクセス)

8)	東京ガス:超高密度リアルタイム地震防災システム「SUPREME」	 www.tokyo-gas.co.jp/techno/stp3/97c1_j.html(2012.7.10アクセス)

9)	日本建築学会:2011年東北地方太平洋沖地震災害調査速報、2011.7.

10)	神野達夫:強震観測網の飛躍的展開、日本建築学会大会パネルディスカッション資料、pp.2-24、2010.9.

11)	鹿嶋俊英、小山信、大川出:平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震における建物の強震観測記録、建築研究資料No.135、建築研究所、2012.3.(建築研究所ホームページでもpdfで公開されている) 

12)	源栄正人、三辻和弥、田中匠子、鹿嶋俊英、大野晋:2011年東北地方太平洋沖地震における被害建物の地震前後の振動特性の変化、日本建築学会大会学術講演梗概集、vol.B-2、pp.45-46、2011.8.

13)	Tobita, J.: Evaluation of Nonstationary Damping Characteristics of Structures under Earthquake Excitations, J. of Wind Engineering and Industrial Aerodynamics, Vol.59, Nos.2,3, pp.283-298, 1996. 

14)	笠井和彦、翠川三郎、山中弘明:東北地方太平洋沖地震による神奈川県の震度分布・観測記録、平成23年4月4日、www.serc.titech.ac.jp/~kasailab/acceleration.pdf(2012.7.10アクセス)

15)	日本建築学会構造委員会・高機能社会耐震工学ワーキンググループ:長周期地震動対策に関する公開研究集会、2008.3.7、2009.3.9.

16)	日本建築学会構造委員会・長周期建物地震対応ワーキンググループ:長周期地震動対策に関する公開研究集会、2010.3.5、2011.3.4.

17)	日本建築学会構造委員会・長周期建物地震対応小委員会:長周期地震動対策に関する公開研究集会、2012.3.16.

18)	大阪府総務部:咲洲庁舎の安全性等についての検証結果及び概要、平成23年6月24日
www.pref.osaka.jp/attach/13203/00078593/230624file3-1.pdf
www.pref.osaka.jp/attach/13203/00078593/230624file3-2.pdf
(2012.7.10アクセス)

19)	肥田剛典、永野正行:アンケート調査と強震記録に基づく2011年東北地方太平洋沖地震時における超高層集合住宅の室内被害―不安度と行動難度および家具の転倒率の検討―、日本建築学会構造系論文集、第77巻、第677号、pp.1065-1072、2012.7. 

20)	日本建築学会・東海地震等巨大災害への対応特別調査委員会:巨大地震時に予測される長周期地震動とその耐震問題、2005年度日本建築学会大会研究協議会資料、2005.9.

21)	日本建築学会・東海地震等巨大災害への対応特別調査委員会:巨大地震による長周期地震動の予測と既存建築物の耐震性と今後の課題、2006年度日本建築学会大会研究協議会資料、2006.9.

22)	日本免震構造協会:応答制御建築物調査委員会報告書、2012.1. 

23)	日本建築学会構造委員会振動運営委員会:シンポジウム 阪神・淡路大震災を振り返り、来る大地震に備える―建築振動研究に課せられたもの―、2011.3.7.

24)	強震観測小委員会:第1回強震データの活用に関するシンポジウム―強震データベースの現状と共同利用の試み、1995.4.12

25)	強震観測小委員会:第2回強震データの活用に関するシンポジウム―建物の耐震性能設計を目指した強震観測、2000.12.1

26)	強震観測小委員会:第3回強震データの活用に関するシンポジウム―建物の強震観測に関する将来像、2002.12.18

27)	強震観測小委員会:第4回強震データの活用に関するシンポジウム―最近の地震に建築物はどう応答したか、2005.3.11

28)	強震観測小委員会:第5回強震データの活用に関するシンポジウム―社会に役立つ強震観測、2008.12.5

29)	日本建築学会構造委員会振動運営委員会:最近の被害地震に学ぶ―地震動特性と地震荷重―、2005年度日本建築学会大会パネルディスカッション資料、2005.9.

30)	日本建築学会構造委員会振動運営委員会:建築物の地震時挙動を知るために―建築物における強震観測の意義―、2006年度日本建築学会大会パネルディスカッション資料、2006.9.

31)	片岡俊一、境茂樹、栗田勝実、神原浩、山村一繁、安井健治:建築物における強震観測の現状調査、日本建築学会技術報告集、第16巻、第32号、pp.87-90、2010.2.

32)	飛田潤、福和伸夫、倉田和己:ウェブGISとデータ相互運用技術による強震観測記録の統合利用環境、日本地震工学会論文集、第9巻、第2号、pp.51-60、2009.2

RIGHT:(飛田)

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