東日本大震災における地盤・建物の強震観測状況(2012大会PD発表)

1.はじめに

 日本の強震観測は、国産の強震計開発から現在まで半世紀以上の歴史がある1)。当初から地盤及び建物の観測が行われ、1980年代までに国内で2000台程度が設置されていたとされる。これらの記録は耐震設計の確立に大きな役割を果たし、また超高層、大空間、原子力施設、免震・制震など各時代の先進的な構造技術の進展に寄与した。その後、1995年兵庫県南部地震で建物の倒壊により多数の犠牲を出し、その原因となった震度7の揺れや「震災の帯」による被害分布の状況を適切に把握できなかったことを受けて、地盤の強震観測体制は一気に進展した。気象庁、消防庁自治体計測震度計、防災科研K-NETなどの数千箇所の観測点が全国を均等に覆い、オンライン化により地震発生後直ちに震度分布が報道されるまでになった。また構造物、ライフライン、都市などの防災目的の観測も、公的機関を中心に積極的に行われている。観測・データ利用の技術面でも進展が著しい。

 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震は、こうした地震観測体制がはじめて捉えた広域の巨大地震災害といえる。最近10年でみても、2003年十勝沖地震による長周期地震動や、2004年新潟県中越地震、2007年能登半島地震、2007年新潟県中越沖地震、2008年岩手・宮城内陸地震などの局地的な強震動など、多くの観測例があった。しかし今回の地震では、これらに比べてはるかに広域で、様々な条件における記録が多機関で得られたはずである。地盤の面的な観測記録は建物や都市への入力を明らかにし、応答観測記録は建物の挙動や耐震性能を知る情報となる。これらの観測情報の収集・整理・分析は大変な作業ではあるが、今後の防災・減災にむけてきわめて重要といえる。

 本稿では、東北地方太平洋沖地震における観測状況や観測記録についてまとめ、それらの特徴と現在の強震観測状況について考察する。

2.地盤の強震観測と記録  地盤の強震観測について、多数の地点を含む観測体制を中心に述べる。気象庁では直轄の約600地点を含む全国の震度分布を直ちに公開している2)。図1に東北地方太平洋沖地震の本震の震度分布を示す。最大震度7(宮城県栗原市築館)、宮城・福島・茨城・栃木の30地点以上で震度6強、東北から関東に到る広い範囲で震度6弱、さらに北海道から九州まで全国で震度1以上の有感となっていることがわかる。また、最大震度6強(2回)などを含む震度5以上の余震が50回以上、三陸沖の前震(3月9日11:45、最大震度5弱)、さらに震源域から離れた誘発地震として長野県北部の地震(3月12日3:59、最大震度6強)、静岡県東部の地震(3月15日22:31、最大震度6強)も記録されている。気象庁の震度計は加速度記録も収録しており、デジタルデータとして定期的に公開されている。

 防災科学技術研究所の強震観測ネットワーク(K-NET)は1000箇所強の観測点があり、全国を20km程度の間隔で均等に覆っている。また基盤強震観測網(KiK-net)は約700箇所について、地表と地中の観測点がある。いずれも強震計であり、観測結果はウェブで公開される3)。本震時には防災科研データセンタのある茨城県つくば市も強い揺れを受け、その後の停電等によりデータ回収・公開が遅れた。最近ではリアルタイム化が進んでいる(本資料の青井氏の話題提供を参照)。

 図2に東北地方太平洋沖地震の最大加速度分布、図3に最大の記録であるK-NET築館(MYG004、3成分合成の最大加速度2933gal、震度6.7)と、仙台(MYG013、最大加速度1808gal、震度6.3)の加速度波形と速度応答スペクトルを示す。波形は、50秒程度の間隔で2つの位相が明確な点など類似性が見られるが、スペクトル特性は異なり、築館では0.2〜0.3秒程度の短周期が、仙台では1秒弱の周期が卓越している。築館観測点の周辺調査では木造住宅等の被害はほとんど見られないことが報告されており4)、その理由として短周期が卓越する地震動特性と、観測点が丘の上にある影響などが挙げられる。一方仙台は、東部の沖積平野上の観測点であり、同様の地盤条件では中層RC集合住宅の被害も見られている。

 全国の自治体では、消防庁の補助金により震度情報ネットワークを構築している。これは原則として各市町村1台の計測震度計を設置し、地震時には各県で震度情報を直ちに集約して防災対策に活かすことが目的である。全国では約2800地点あり、これらの震度計で収録された加速度記録の一部は、大都市圏強震動総合観測ネットワークにより収集・公開されている5)、6)。

 以上の公的機関による観測体制で合計5000箇所を超え、全国を高密度で覆う地盤強震観測網となっている。また自治体の震度計を除き、デジタルデータも比較的容易に入手可能となっている。このほかに大規模自治体やライフライン企業の防災用観測システム(たとえば横浜市7)、東京ガス8)など)もあり、首都圏などで多数のデータが得られたと推測される。また国土交通省、港湾空港技術研究所、その他の研究所・大学などでも観測が行われている。今回の地震では、仙台地域を中心とした東北工業大学の観測網が10数地点で記録を得ている9)。このほか建築学会の調査速報9)には、観測記録の全体概要や分析に加えて、東北支部と関東支部がそれぞれ集約した強震記録の分析が含まれている。また国内の地盤強震観測体制に関する現状は文献10)に詳しい。

3.建物の強震観測と記録

3.1 建物観測の状況

  建物については、地盤観測網のような全国統一的な観測体制はいまだ整備されていない。建築研究所などの独立行政法人が比較的広域の一貫した建物観測体制をもっており、記録の公開性も高い11)。一方、建設関連やライフライン関係などの民間では、それぞれの目的で観測を行っているが、建物所有者や観測目的などにより結果が公開されないことが多く、全貌は明らかではない。そのような中で東北地方太平洋沖地震の発生により、広域で多数の建物の強震観測記録が得られ、また建物の挙動や被害への関心の高さから、何らかの形で公表に結びつく例が多くなっている(たとえば2011年度の建築学会大会には、地震発生から梗概原稿締切まで1ヶ月足らずながら、多数の報告がなされている)。また、学協会や研究グループ等が特定の目的の下に統一的に観測状況の把握や観測記録の収集を行う例もある。

 建築研究所の強震観測11)は全国主要都市の79建物で実施されており、うち60建物で本震記録が得られ、35建物は1階または地盤で震度5以上となっている。庁舎、学校等の公共建築が大部分を占め、超高層9棟、免震4棟も含まれている。また地表センサを持つ観測点が12あり、入力地震動や相互作用を検討する際に有用である。これらの観測建物のうち、強震動により顕著な損傷を受けた東北大学の建物を例として次に挙げる。

3.2 一般の被害建物の強震記録

 東北大学工学部人間・環境系研究棟11),12)は1969年竣工のSRC造9階建で、1階と9階で強震観測がなされており、1978年宮城県沖地震の際に9階で1000cm/s2を超える記録が得られたことで有名である13)。2001年に耐震改修がなされた後、2005年宮城県沖地震、2008年岩手・宮城内陸地震を受けている。今回の地震では、本震により東西妻面にある連層耐震壁の3階部分(1・2階は低層部がある)の4隅の外柱が全て大破した。観測記録は1階で300cm/s2強(計測震度5.6)、9階で900 cm/s2強、変位で30cm以上、平均層間変形角で1/100程度まで達したことを示している。また上部構造の固有振動数は、本震前の微動と比べて本震中で張間1.61→0.78Hz(48%)、桁行1.61→0.88Hz(55%)に低下し、剛性変化に直すと各々23%、30%まで低下、本震後の微動では小振幅のため多少戻るものの、剛性で53%、72%まで低下した。図4に平均層間変位と固有周期の変化を示す。竣工から1978年宮城県沖地震、耐震改修、そして今回の本震以降まで、固有周期は振幅依存性を示しながら変化していることがわかる。

 1階のスペクトルは地盤特性を示すと思われる1Hz弱のピークを持っており、地震応答で周期が伸びるにしたがって共振することで進行性破壊を生じたと考えられる。東北大学青葉山キャンパスでは、他にも同時期に建設された9階建建物3棟が甚大な損傷を受けたことからも、地盤との共振の可能性が示唆される。

 なお、東北地方太平洋沖地震では地震規模に比して一般建築物の振動被害は多くはなく、顕著な損傷を受けた建物の観測記録は少ない。観測対象建物の多い関東では震度5強〜6強となったため、多数の観測記録が得られている。しかし、観測対象は超高層や免震などが多いため、顕著な構造損傷を生じた観測例はほとんどない。東京工大グループは神奈川県の地盤・建物の記録の収集を行い、レポートを公開している14)。建物には免震や制震も含まれており、記録は学会調査速報9)にも使用されている。

3.3 超高層建物の強震記録

 日本建築学会構造委員会では、2007年度から2010年度まで内閣府から「長周期地震動対策に関する検討業務」を受託し、長周期地震動に対する超高層建物等の対応を検討した15), 16)。この4年間のまとめの報告会を開催した一週間後に東北地方太平洋沖地震が発生したことを受けて、2011年度には、超高層建物の地震観測記録の収集をはじめ、建物被害状況、地震後対応、体験者へのアンケートなどの調査が行われた17)。このうち、地震観測記録については、建物を特定しない表示が工夫され、以下のような結果が示されている。

  まず入力に関しては、仙台では告示波と同レベルの入力で5分以上(図2)、東京では告示波の半分程度で10分以上揺れたが、超高層建物に補修を必要とするような構造被害は起きなかったとされている。超高層建物の応答については、図5にまとめて示した17)。宮城県では最下層で200〜300cm/s2、最上階でS造は300〜450cm/s2、RC造は450〜600cm/s2、首都圏では最下層で50〜150cm/s2、最上階で100〜400cm/s2、関西の最上階で20〜120cm/s2程度の範囲にあり、地域ごとに見れば建物による増幅傾向の差は大きくない(図5(a)〜(e))。頂部最大揺れ幅はRC造集合住宅で片振幅50cm、変形角で1/200、S造事務所で片振幅90cm、変形角で1/250程度である(図5(f)〜(g))。特に東京湾岸では、周辺に比べて2倍程度大きい揺れとなっていることもわかる(図5(h))。

  図5(g)で137cmの応答を示した55階建は、大阪府咲洲庁舎18)であり、建築研究所の強震計が設置されて間もない状態で観測記録が得られた。図6に1階と52階の変位波形、1階の擬似速度応答スペクトルおよび52階と1階のフーリエ振幅スペクトル比をまとめて示す11)。1階では振幅30cm/s2、8cm程度の揺れが、最上階では120cm/s2、130cm以上まで増幅し、大振幅部分だけでも数分にわたって継続している。1階の応答スペクトルは告示波よりはるかに低いが、7秒前後に明確なピークがある。一方、52階と1階のフーリエ振幅スペクトル比から上部の固有周期は水平2方向ともに7秒前後であり、地盤入力と上部構造が共振していることがわかる。

 この建物では構造躯体には顕著な損傷はなかったものの、内装材や防火戸などに360箇所もの被害を生じ、直後の継続使用や今後の耐震補強をめぐって議論が行われている。震源から700km以上遠方で、地震動、地盤条件や建物特性の偶然の一致によりこれほど大きな応答を生じたことは、将来の耐震設計にあたってきわめて重要であり、客観的な強震観測記録があったからこそ対応につながったといえる。同様に、揺れと居住者の感覚の関係も重要であり、高層集合住宅の観測記録と居住者アンケートに基づく検討もなされている19)。

  なお、長周期地震動による長周期構造物の応答問題に関しては、これらの活動に先立ち、2003年十勝沖地震の被害などを受けて、日本建築学会・東海地震等巨大災害への対応特別調査委員会により多面的に進められており、2005年・2006年の大会研究協議会で報告されている20), 21)。

3.4 免震・制振建物の強震記録

 

船橋竹友寮

建築面積730.22m2
延べ床面積1530.20m2
階数地上3階
軒の高さ11.00m
用途独身寮
構造種別RC造
免震装置積層ゴム14基粘 弾性体ダンパー8基
1次固有周期2.1秒
建物重量2,479t
竣工1987年3月

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図1 短辺方向断面図


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