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本項目「長期観測の取組み」では、以下について記述する。
・長期観測の定義
・長期観測における留意点
・長期観測の実施例
・参考文献
強震観測*においては、地盤上もしくは構造物の強震波形を取り逃すことなく確実に測定することが極めて重要である。
しかし、構造物等に被害が生じるような強震動が発生する頻度は決して高くない。
そのため、強震観測は、数日〜数か月の短期間ではなく、数年以上の長期間にわたって実施されることが多い。
本稿では、上述のように実施される強震観測を長期観測と定義する（長期観測は長期強震観測と呼ばれることもある）。
以下では、長期観測として、建物系で実施されている強震観測（以下、建物強震観測）の事例を紹介する。
ちなみに防災科学技術研究所が展開しているK-NETやKiK-net [1] 等に代表されるような、地盤系で実施されている強震観測（以下、地盤強震観測）もその目的からは長期観測に分類される。
ただし、地盤強震観測は公的機関による事例がほとんどであり、豊富に情報が公開されていることから [2]、ここでは扱わない。
*ここでは地震計の種類や設置期間の制約に関わらず「強震観測」として統一的に取り扱う。
強震観測に関する基本的な事柄は本手引き第2章「2. 強震観測の基本」にまとめられている。
ここでは長期観測をおこなう上での留意点を示す。
主に下記の2点に留意されたい。
�＾飮�管理体制
・長期観測においては、強震観測に係わる観測システムの維持管理が長期間に渡ることを考慮した体制の構築が望ましい。
・特に、管理者および担当者を明確にした上で長期観測をおこなうことが重要になる。組織によっては数年で担当者が代わることがあり、長期観測の経緯やシステムの操作ノウハウや観測データの散逸したり、観測体制の維持が困難になる可能性がある。
・現地に管理者を配置できない場合、遠隔地から観測が正常におこなえていることを確認できる体制が望ましい。例えば、一元的な監視画面や定時通知メール等でシステムの状態を定期的に確認できるとよい。
・長期観測では、強震計や収録装置の他、通信機器やUPSなどについても保守を検討する必要がある。従って、長期観測の実施にあたっては、機器交換を見据えた観測システムの構成や体制を考える必要がある。
��強震観測に必要な機器類の設置
・強震時の建物応答を確実におこなうために、機器類の設置位置や固定方法には注意が必要である。
・定期的なメンテナンスを行える程度のスペースの確保や、設備機械等の大きな振動ノイズの影響を受けにくい場所を選定すること等が望まれる。
・2011年東北地方太平洋沖地震においては収録装置のハードディスク書き込みトラブル事例も報告されており[3]、収録装置を始めとする機器類は収納ラック等に適切に固定する必要がある。
・近年の洪水、津波等の災害による強震観測に係わる設備機器の水没、流失等にも注意を払う必要がある [4]。
ここでは、以下の事例を紹介する。
１．東北大学による観測事例
２．神奈川大学による観測事例
３．芝浦工大による観測事例
（観測の目的･概要）
1955年に総理府資源調査会が行った「強震測定計画に関する勧告」に基づいて建設省が設置した強震計の移管を受け、
建築研究所が強震観測の全国展開を進めていく中で、1969年に竣工した9階建てSRC造の東北大学工学部人間・環境系研究棟（当時は東北大学工学部建設系建物）において強震観測が開始された [5][6][7]。
当初は1950年代に開発されたSMAC-A型強震計とDC-2型強震計が建物の1階と9階に設置されていたが [5][8]、
1978年にSMAC-M型強震計に [9]、更に1993年にSMAC-MD型強震計に置き換えられ、3世代の強震計による長期観測となった。
強震観測は40年間以上にわたって続けられたが、2011年東北地方太平洋沖地震で被災し、同棟が2012年に取り壊されたことを受け、強震観測も終了した。
（観測内容）
〇対象建物：
東北大学工学部人間・環境系研究棟
〇地震計（図1参照）：
1, 5, 9F（MEMS型加速度計）＊2007年12月以降
1, 9F（サーボ型加速度計）
（公開されている情報）
・建築研究所の強震観測網のWebページを通じて公開されている [10]。
（管理体制）
・1Fと9Fに設置されたサーボ型加速度計については建築研究所による維持管理が行われていた。観測データは一元的に整理されてデータベースとして公開されている。
・上記データベースでは、地表もしくは地表に最も近い計測点(東北大学の場合は1階)のデータが入手できる。また、建物頂部(9階)のデータについては申請することにより入手可能である [10]。
・アナログ式のSMAC-M型強震計で得られた1978年から1993年の強震記録は、近年再数値化され、同様に申請によって入手可能である [11][12]。
・2007年12月以降、東北大学源栄教授(当時)らのグループにより、早期地震情報統合システムの一環としてMEMS型加速度計が設置された [13]。
（観測記録の例）
・1978年宮城県沖地震の際に、構造体の被害としては軽微と判断されたが、9Fで1000Gal(=cm/s/s)を超える記録が得られている [5]。
・2001年に耐震改修がなされた後、2005年宮城県沖地震、2008年岩手･宮城内陸地震を経験しており、両地震による強震記録が得られている [7]。
・2011年東北地方太平洋沖地震においては3Fの4隅の外柱がすべて大破したが [14]、1Fと9Fで強震記録が得られている。
詳細は本手引きの第7章xiii.「東日本大震災における地盤・建物の強震観測状況（2012大会PD発表）」を参照されたい。
・長期観測で得られた強震波形から抽出された1次固有振動数の変化が時系列でまとめられている（図2）[7]。
図１ 対象建物の地震計設置位置 [7]
図２ 対象建物の1次固有振動数の変化 [7]
（観測の目的･背景）
（観測内容）
神奈川大学1号館（CFT造, 地下1階，地上8階，塔屋1階）
神奈川大学23号館（RC造・基礎免震，地下2階，地上8階，塔屋2階）
1号館： B1, 1, 3, 6, 8F（加速度計）
23号館： B2, B1, 3, 6, 8F（加速度計），免震層（変位計）
地盤： GL-21.8, -1.5m（加速度計）
（公開されている情報）
（管理体制）
（観測記録の例）
（観測の目的）
（観測内容）
[加速度計]
[変位計]
（公開されている情報）
（管理体制）
（観測記録の例）
[1] National Research Institute for Earth Science and Disaster Resilience (2019), NIED K-NET, KiK-net, National Research Institute for Earth Science and Disaster Resilience, doi:10.17598/NIED.0004
[2] 功刀卓、青井真、藤原広行：強震観測―歴史と展望―、地震 第2輯、Vol. 61、pp. 19-34、2009、doi:10.4294/zisin.61.19.
[3] 源栄正人：SEIN WEB 東日本を経験して 第3回：衝撃的な「学び舎」の被害https://www.sein21.jp/TechnicalContents/Motosaka/Motosaka0103.aspx [参照 2020-12-17]
[4] 建築物における電気設備の浸水対策のあり方に関する検討会：建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン、国土交通省住宅局建築指導課･経済産業省産業保安グループ電力安全課、
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/jutakukentiku_house_tk_000132.html [参照 2020-12-17]
[5] 志賀敏男、柴田明徳、渋谷純一、高橋純一：東北大学工学部建設系研究棟における強震応答実測とその弾塑性応答解析、日本建築学会論文報告集、Vol. 301、pp. 119-129、1981、doi:10.3130/aijsaxx.301.0_119.
[6] 鹿嶋俊英：建築研究所の強震観測、防災科学技術研究所研究資料、Vol. 264、pp. 33-39、2005.
[7] 源栄正人、ツァンバ・ツォグゲレル、吉田和史、三辻和弥：東北地方太平洋沖地震における被災建物の振幅依存振動特性の長期モニタリング、日本地震工学会論文集、Vol. 12、No. 5、pp. 117-132、2012、doi:10.5610/jaee.12.5_117.
[8] 強震観測事業連絡会議：全国強震観測地点台帳、国立防災科学技術センター、1969（加除式）.
[9] 渡部丹、村田洋治：宮城県沖地震(53年2月20日)の観測結果とその波形処理について, 日本建築学会大会学術講演梗概集(北海道), pp. 521-522, 1978.
[10] 建築研究所：BRI Strong Motion Network、https://smo.kenken.go.jp/ja [参照 2020-12-18]
[11] 鹿嶋俊英、小山信、中川博人：1978年宮城県沖地震で観測された東北大学の強震記録の再数値化、日本地震工学会大会、T2020-061、2020.
[12] 鹿嶋俊英、小山信、中川博人：SMAC-M型強震計の再数値化、日本地震工学会論文集、(2021年2月刊行予定).
[13] 源栄正人、本間誠、セルダル・クユク、フランシスコ・アレシス：構造ヘルスモニタリングと緊急地震速報の連動による早期地震情報統合システムの開発、日本建築学会技術報告集、Vol. 14、No. 28、pp. 675-680、2008、doi:10.3130/aijt.14.675.
[14] 源栄正人、三辻和弥、田中匠子、鹿嶋俊英、大野晋：2011年東北地方太平洋沖地震における被害建物の地震前後の振動特性の変化、日本建築学会大会学術講演梗概集、B-II、pp. 45-46、2011.
[15] 神奈川大学：TEDCOMプロジェクト（2000-2005）、http://shimazaki.arch.kanagawa-u.ac.jp/TEDCOM/index.htm [参照 2020-12-18]．
[16] 荏本孝久：1号館･23号館の地震時実挙動観測，神奈川大学TEDCOMプロジェクト主催地震・台風災害の制御・低減に関するシンポジウム-制震・免震構造と実挙動観測-、pp. 53-62、2002.
[17] 栗山利男、荏本孝久：23号館の地震時実挙動観測に基づくシミュレーション、神奈川大学TEDCOMプロジェクト主催地震・台風災害の制御・低減に関するシンポジウム-制震・免震構造と実挙動観測-、pp. 63-68、2002.
[18] 島崎和司：免震構造物の2011/3/11東北地方太平洋沖地震の実測結果とシミュレーション，日本建築学会大会講演梗概集，B-II、pp. 631-632、2011.
[19] 芝浦工業大学地震防災研究室：芝浦工業大学豊洲校舎（免震構造）における地震観測（暫定版）、http://www.eq.db.shibaura-it.ac.jp/Mensin/index.shtml [参照 2020-12-18].
[20] 紺野克昭、西川貴文、藤野陽三、阿部雅人：東北地方太平洋沖地震における芝浦工業大学豊洲キャンパスの地震観測記録、日本建築学会大会講演梗概集、B-II、pp. 325-326、2011.
