超高層建物

 国内で強震観測を行っている超高層建物において、比較的振幅が大きい強震観測データが広い領域で同時に記録された例として、
2011年東北地方太平洋沖地震(Mw9.0)があげられる。特に地震基盤上に厚い堆積層が存在する関東平野,大阪平野などでは,長周期
成分が卓越し長い継続時間を有する長周期地震動が観測され,超高層建物等の動的挙動に影響を与えた。この地震以前にも、超高層
建物における観測記録は多く紹介、分析されてきているが、いずれも建物単独であることが多く【例えば、1〜5】、複数建物の動特性
を横並びにして紹介、分析したものは必ずしも多くはなかった【6】。
 ここでは、共同住宅を主な建物用途とする関東地域8棟、関西地域6棟の超高層建物【7】で、2011年東北地方太平洋沖地震時に得られた
観測記録とその横並びの分析例を紹介する。これら計14棟の建物は、同一機関が保有・管理しているものである。
 なお、本実例紹介における「超高層建物」とは、建築基準法上、時刻歴応答解析による構造計算が求められる軒高60mを超える建物のこと
をいう(建築基準法第20条第1項第一号)。

建物概要

 対象建物の建物諸元および観測諸元を表1に示す。建物は関東地域8棟,関西地域6棟の集合住宅で鉄筋コンクリート造系(RC造、SRC造、CFT造)、
純ラーメン構造である。免・制震デバイスとしては、建物Mに粘弾性ダンパーが用いられている以外は、耐震構造である。建物の地震観測階は、
最下階(1階または地下階、のことをいう)、中間階、最上階(屋上階を含む)であることが多い。また、建物内部以外にも地盤面、地中や
杭先端などにも加速度計を設置し、建物と併せて地震観測を行っている例があるが、ここではその紹介を省略する。
 東北地方太平洋沖地震では、全ての建物で観測データが得られているが、一部の階において加速度計の故障などによる欠測があった。
 建物形状と観測点位置の例として、建物Cの平面図および立面図を図1に示す。

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観測記録の波形、スペクトル、最大値

 14棟の超高層建物の最下階と最上階で記録された観測データの速度波形を図2に、擬似速度応答スペクトルpSv(h=5%)を図3に示す。
速度波形は水平2成分のベクトル合成加速度を作成し、それを積分して速度波形とした。また、擬似速度応答スペクトルはその合成最大加速度
から算定した。関東地域では多くの建物で600秒以上と極めて長い継続時間を有する観測データが得られている。
 関東地域の擬似速度応答スペクトルの振幅は、最下階で最大30〜80cm/s程度であり、安全限界検証用の告示スペクトル【8】を大きく
超えないレベルとなっているが、地点によって卓越周期の違いが明瞭に表れている。関西地域では神戸市街地に建つ建物I、J、Kに比べ、
大阪府の湾岸部に近い建物L、M、Nでは周期2秒以上の振幅が2倍以上となっており、湾岸部で長周期地震動が大きく増幅していることが分かる。
また建物応答もそれに応じ増幅している。
 最大加速度の高さ方向の分布を、関東地域と関西地域の建物グループ毎に図4に示す。建物Fを除き1つの建物で水平2方向について示している。
最下階の最大加速度は、関東地域では100cm/s2前後であるのに対して、震源から遠方にある関西地域では10cm/s2前後と大幅に低下している。
建物頂部の最大加速度は、関東地域では200〜500cm/s2、関西地域では10〜80cm/s2前後となっており、建物規模や位置により異なる。最下階に
対する頂部での最大加速度の比は、関東地域では3〜4倍、関西地域では場所にもよるが6倍前後となっている。

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動特性の推定と経時変化

 東北地方太平洋沖地震の本震時に建物内で得られた観測データを利用し、固有振動数、減衰定数の地震記録の継続時間中における
経時変化を調べた。システム同定法として部分空間法【9】【10】を利用した。入力は最下階の記録、出力は最上階、もしくは中間階
を含む複数記録とした。同定は20秒毎の時刻歴区間を用い、水平2方向でそれぞれ実施した。同時に最下階と最上階の相対変位を算定し、
各時間区間で最大となる相対変位と、固有振動数、等価減衰の変動を10秒ごとに調べた。
 強震記録の継続時間中における、固有振動数の経時変化を図5に示す。地震記録の初期部分で推定された構造物の固有振動数を
初期固有振動数とし、その後変動する固有振動数との比を固有振動数比として表現した。同図には、最上階・最下階間の相対変位
(以降、頂部変形と記す。)の経時変化も併せて示した。
 関東地域では、すべての建物において、頂部変形が大きくなるにつれて固有振動数が徐々に低下する。これは、頂部変形の増大に
伴って建物の塑性化等により剛性が低下していることを示す。
 関西地域では、建物Nの固有振動数は若干低下しているものの、関東地域に比べ記録終了時の固有振動数の低下は明確に認められない。
 固有振動数の変動が大きい関東地域に建つ建物を対象として、等価減衰定数の経時変化を評価した結果を図6に示す。減衰定数の評価
結果は固有振動数の評価に比べややばらつきが大きいものの、初期時の減衰定数は2%程度であり、振幅が大きくなるにつれ3〜5%に増加
する傾向が見られる。これは建物の塑性化に伴う履歴減衰により、等価な減衰定数が大きくなったものと推定される。

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実測による建物の固有周期と設計時固有周期、固有振動数比と最大頂部変形角

 14棟の各超高層建物における設計時の固有周期と、観測データから求められた初期固有周期、最大固有周期(最小振動数の逆数)を比較
したものを図7に示す。実測による初期固有周期は設計時固有周期に対し1〜2割程度の変動があるが、多くは設計時固有周期よりも短めと
なっていた。一方、本震時の最大周期は設計時固有周期よりも長くなっていた。

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 建物の最上階と最下階で得られた加速度波形を積分した変位波形を時刻歴上で差異をとり、それを両地点の高さで割った値を、建物の頂部
変形角とする。建物の頂部変形角の最大値と、固有振動数比の最小値の関係を図8に示す。関東地域、関西地域の建物、水平2方向の全ての結果
を示している。ただし、CFT造の建物Mについては、振幅に対する固有振動数の変動が小さいためここからは除外した。
 頂部変形角の最大値が増加するにつれ、最小固有振動数比が徐々に小さくなる傾向は共通に見られる。関西地域では頂部変形角の最大値は
概ね1/1000 rad.以下となっており、固有振動数比の低下は3%から20%である。関東地域では頂部変形角の最大値が一部1/200 rad.を超えている
建物もあるが、ほぼ1/1000 rad.から1/250 rad.の間に分布しており、最小固有振動数比は20%〜40%程度低下している。

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参考文献

【1】井川 望、伊藤真二、長岡 徹ほか:軟弱地盤に建つ鉄筋コンクリート造超高層住宅の振動特性、日本建築学会大会学術講演梗概集、構造2、1997.9、pp.723-724

【2】永野正行・山田有孝・辻 幸二・小田 聡:高層RC建物の地震応答シミュレーション解析と深部地盤構造の影響、日本建築学会構造系論文集、第560号、2002.10、pp.75-82

【3】中村 充:SRC造建物地震観測に基づく小振幅時動特性の振幅依存性評価、日本建築学会大会学術講演梗概集、21475、日本建築学会、2003.9、pp.949-950

【4】境 茂樹、加藤貴司、伊藤隆之、木村 匡:神戸市中央区に建つ高層集合住宅における地震観測−(その3)2004年9月5日紀伊半島南西沖地震時の観測結果とシミュレーション解析−、ハザマ研究年報、2006.12、pp.1-5

【5】 安達直人・他:入力地震動の違いによる高層建物の地震応答特性、(その1)地震観測記録の分析、日本建築学会大会学術講演梗概集、21252、日本建築学会、2005.9、pp.503-504

【6】上林宏敏・大西良広・林 康裕:2004 年9 月紀伊半島南東沖地震の観測記録に基づく大阪平野の超高層建築物の振動特性、日本建築学会技術報告集、第31号、2009.10、pp.679-684

【7】永野正行、肥田剛典、渡辺一弘、田沼毅彦、中村充、井川望、保井美敏、境 茂樹、森下真行、川島学:2011年東北地方太平洋沖地震時の強震記録に基づく関東、関西地域に建つ超高層集合住宅の動特性、日本地震工学会論文集 第12巻、第4号(特集号)、pp.65-79、2012.9

【8】国土交通省建築研究所:改正建築基準法の構造関係規定の技術的背景、ぎょうせい、2001.3、p.56

【9】片山 徹:システム同定―部分空間法からのアプローチ―、朝倉書店、2004.

【10】川島 学、永野正行、鹿嶋俊英、井口道雄:長期間に亘る地震観測記録より観察される建物動特性の変化と回帰推定式による予測精度、第13回日本地震工学シンポジウム、GO14-Fri-AM-2、2010、pp.1530-1537

(田沼)

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Last-modified: 2021-01-31 (日) 20:25:53 (1179d)