応答スペクトル

フーリエスペクトル解析は地震動そのものの特徴を明らかにする解析手法であり,観測地震動に寄与する震源特性,伝播経路特性,表層地盤増幅特性などをスペクトル上で分離し,個別に評価することが可能である.一方,地表で観測された地震動を構造物に対する入力という立場で取り扱う場合,構造物の応答にどのように影響するか,という点を明らかにできるような解析方法が求められる.応答スペクトル解析は,固有周期や減衰特性などの応答特性がある程度わかっている人工構造物に対する地震動の影響を定量的に把握するために用いられる.

1. インパルス応答関数

構造物の応答特性を表す最も基本的なモデルとして,次式のような1質点減衰系x(t)の自由振動モデルを考える.

m\ddot{x}(t)+c\dot{x}(t)+kx(t)=0

ここでmは質点の質量,cは減衰係数,kはばね定数である.またxは質点の変位で,\dot{x}は時間微分を表す.上式は,x(0)=0, \dot{x}(0)=Cの初期条件のもとで次式のように解ける.

x(t)=\frac{C}{\omega_d}e^{-h\omega t}\sin \omega_dt

ただし\omega=\sqrt{k/m}h=c/(2\sqrt{km}),さらに\omega_d=\omega\sqrt{1-h^2}である.また,h<1を仮定している.hは減衰定数と呼ばれ,減衰の特性を示す際にはcよりも一般的によく用いられる.また\omegaは固有円振動数,\omega_dは減衰固有円振動数である.C=1/mと置いたときの相対変位応答は特に力積(インパルス)応答関数と呼ばれる.任意の加速度波形入力\ddot{y}(t)に対する1質点減衰系の変位応答は,インパルス応答との重畳積分を取ることで次式のように得られる(ただし,力の形で入力することから質量mはキャンセルされる).

\begin{align} x(t)&=\int_0^t\ddot{y}(\tau)\zeta(t-\tau)d\tau \\ \zeta(t)&=-\frac{1}{\omega_d}e^{-h\omega t}\sin\omega_d t \end{align}

同様に相対速度応答\dot{x}(t),および絶対加速度応答\ddot{x}(t)+\ddot{y}(t)はそれぞれ次式で表される.

\begin{align} \dot{x}(t)&=\int_0^t\ddot{y}(\tau)\dot{\zeta(t-\tau)}d\tau \\ \dot{\zeta(t)}&=-e^{-h\omega t}\left[\cos\omega_d t-\frac{h}{\sqrt{1-h^2}}\sin \omega_d t \right] \end{align}
\ddot{x}(t)+\ddot{y}(t)=\int_0^t\ddot{y}(\tau)\ddot{\zeta}(t-\tau)d\tau
\ddot{\zeta}(t)=\omega_d e^{-h\omega t}\left[ \left( 1-\frac{h^2}{1-h^2} \right) \sin\omega_d t+\frac{2h}{\sqrt{1-h^2}}\cos \omega_d t \right]

すなわち,1質点減衰系の応答は入力地震動\ddot{y}(t)と系の固有周期T=(2\pi)/\omega,および減衰定数hにより完全に記述できる.

2. 応答スペクトル

入力地震動\ddot{y}(t)に対する構造物の時系列応答は,構造物の固有周期T=(2\pi)/\omegaと減衰定数hによって一意に定まる.したがって,時系列応答の時間軸上における最大値はTとhの関数になると考えることができる.すなわち与えられた入力地震動に対する様々な固有周期Tと減衰定数hをもつ構造物の最大応答値の集合として応答スペクトルを定義することができる.応答スペクトルは相対変位応答x(t),相対速度応答\dot{x}(t),絶対加速度応答\ddot{x}(t)+\ddot{y}(t)に対応して,相対変位応答スペクトルS_d(h,T),相対速度応答スペクトルS_v(h,T)と,絶対加速度応答スペクトルS_a(h,T)が定義される.

3.擬似応答スペクトルと三軸表示

減衰定数hは,通常の構造物では1に比べて十分に小さい(5%前後).このとき,近似的に,S_d(h,T)S_v(h,T)S_a(h,T)の間に以下の関係が成り立つ.

S_d\approx \frac{1}{\omega}S_v=\frac{T}{2\pi}S_v\\ S_a\approx \omega S_v=\frac{2\pi}{T}S_v

いずれかの応答スペクトル(通常は加速度応答スペクトル)に基づき,上式を用いて推定された他の応答スペクトルを擬似応答スペクトルと呼ぶ.擬似応答スペクトルの関係を用いることにより,例えば周期に対する擬似速度応答スペクトルを両対数軸上にプロットすると,傾き+1のラインから加速度応答スペクトル振幅を,傾き-1のラインからは(擬似)変位応答スペクトル振幅を読み取ることができる.この関係を利用して,特に縦軸と横軸の対数スケールを等しくし,\pm 45^\circの補助線を引いて擬似速度応答スペクトルを描画した図を三軸表示図,またはトリパタイトと呼ぶ.

4. エネルギースペクトル

地震動による構造物の損傷評価という立場から考えると,地震動の入力によって対象構造物に投入されるエネルギー量が重要な指標となりうる.構造物に対するエネルギー入力の総量Eは,地震による外力F=-m\ddot{y}と構造物の速度応答\dot{x}の積を地震動の継続時間\left[ 0,t_0 \right]で積分することによって次式のように得られる.

E=\int_0^{t_0}F\cdot \dot{x}dt

Eの速度換算値V_E=\sqrt{2E/m}の,固有周期Tに対する分布はエネルギースペクトルと呼ばれる.弾塑性挙動を前提とした構造物の終局耐力を検討する際には,h=0.1程度のエネルギースペクトルが代表的に用いられる.応答スペクトルは構造物の最大変形に,エネルギースペクトルは累積塑性変形に対応した量であると解釈できる.

5. フーリエスペクトルと応答スペクトル,エネルギースペクトルの関係

(離散)フーリエスペクトルは,時間変化するn個のランダムデータを正弦関数と余弦関数から構成されるn個の直交関数列に成分分解したものであり,フーリエ変換と逆フーリエ変換を行うことで,元の時系列データを完全に復元することができる.これに対し,応答スペクトルやエネルギースペクトルを得る際には,構造物応答の最大値や積分値をとる操作が含まれるため,入力地震動を逆解析のような方法で一意に復元することはできない.一方で,これらのスペクトル間には理論的,あるいは経験的に以下に示すようないくつかの関係が指摘されている.

  • 非減衰(h=0)弾性振動系のエネルギースペクトル,および残留速度応答スペクトル(地震動終了後の応答スペクトル)は,入力地震動の加速度フーリエ振幅スペクトル(パワースペクトルの平方根)に理論的に等しい.
  • 地震時の非減衰速度応答スペクトルは,理論的に入力地震動の加速度フーリエ振幅スペクトル(および非減衰のエネルギースペクトル)を包絡する(同等かやや大きい).
  • 周期0秒から10秒までの平均的なスペクトル振幅レベルで比較すると,非減衰の速度応答スペクトルは経験的にh=0.1のエネルギースペクトルに等しい.
  • 地震動の継続時間が長くなると,応答最大値をとる速度応答スペクトルに比べて,積分値(累積値)を用いるエネルギースペクトルの振幅レベルは増大する傾向が経験的にみられる.

参考文献

  1. 大崎順彦:新・地震動のスペクトル解析入門, 鹿島出版会
  2. 秋山宏:建築物の耐震極限設計, 東京大学出版会
  3. 秋山宏・北村春幸:エネルギースペクトルと速度応答スペクトルの対応, 日本建築学会構造系論文集,608, pp.37-43, 2006.
(田中、芝)

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Last-modified: 2013-05-14 (火) 11:25:43 (3999d)